先日の舛添本もそうなのだけど、政治家の先生方というのは、本音と建前を使い分けている人がとても多い。「いやあ、実際そうなんですよねぇ」と勉強会で話した後に言われたことは一度や二度ではない。ついでに言うとメディアの人間もそうで「構造的な面から雇用問題をクローズアップしていきたいんです」というから教えたのに、そのとおりに流されたことはほとんどない。(流す気がないなら最初から聞くなと言いたいが)
こういう本音と建前のギャップが、かつてないほど大きくなっているのが現在の日本の状況だろう。たとえば。社会はこんなロジックに沿って動いている。
公教育で一生懸命勉強すれば、将来きっと報われます。サラリーマンになって一生懸命働けば、豊かで安定した生活が送れます。中高年社員を見てみなさい。みな給料に見合った優秀者ばかりで、あなたもああなれるのですよ。年金を我慢して払えば、将来きっと受け取れます。お年寄りはお金持ちですが、自分たちもいづれ年をとるから、お金持ちになれるはずです。不況だから、景気対策が必要です、財源は赤字国債です。でも将来経済成長すれば税収が増えるので若い人も心配無用です。
破綻しているかどうかはともかく、文字どおりにこういう建前を信じている人はまずいないだろう。私立中学の進学率が上がったことも、若手人材が流動化し、外資が人気になったことも。「払った額以上に返ってくる」と厚労省が太鼓判を押す年金の未納率が上がり続けていることも若いもんが消費しなくなってきたのも、全部この裏返し。建前を捨てて本音に走っているわけだ。
ふと思い出したのは、佐藤優の「自壊する帝国」だ。90年頃、既に形骸化した共産主義体制の下で、みんなダメだと分かっていながら延々と共産主義ごっこを演じているソ連の話は、どこか今の日本に通じるものがあると思う。お互い建前上で議論しているわけだから、そりゃ国会論戦も盛り上がらないはずだ。
先日出張した沖縄は、本州よりも失業率が高く正社員求人も少ないと聞いていたのだけど、不思議と閉塞感は感じなかった。受講者からの質問も、東京よりもずっと前向きで明るいのだ。これはおそらく、大企業や年功序列といった“建前”がもともと薄く、良くも悪くも本音ベースの社会が機能しているからだろう。
いろいろ新党もできるようだし、どこか一つくらいガチンコの本音を掲げてみてはどうか。「もう50歳未満は年金なんて諦めて!」「正社員の椅子なんて増えるわけないじゃん」とか。意外に、身のある論戦が実現しそうな気がする。
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